もともとは、2013年6月21日3時52分の記事。
2016年6月2日に加筆修正。
2025年6月9日に加筆修正。
戦後初期の概説書として有名な『註解日本国憲法』(有斐閣、上巻1948年、中巻1949年、下巻1950年、改訂版上巻1953年、改訂版下巻1954年)。
「戦後初期の日本国憲法の解釈論に大きな影響を与えた本」(高橋和之・立憲主義と日本国憲法376頁)であり、
現在においてもなお、論文等で言及される古典的名著である。
この本は、17人の共同研究者によって書かれたものである(下記のとおり、錚々たる顔ぶれである)。
その中には、憲法研究者は少数いるものの、
ほとんどはそれ以外の法分野を専門とする研究者なのである。
普通、憲法の教科書は、憲法学者によって書かれるので、
本書は、その異質さが際立っている。
なぜ、民事系や刑事系の研究者が、憲法の教科書を共同で書いているのだろうか。
最近、そのことについて触れている本を見つけた。
鈴木竹雄『幾山河 商法学者の思い出』(有斐閣、1993年)である。
幾山河―商法学者の思い出
この本によれば、
執筆の背景には、法学協会の財政的危機があり、
それを脱するべく鈴木竹雄が田中二郎に相談したところ、
田中が『註解日本国憲法』の執筆を提案したのだそうだ。
執筆にあたっての方針は、「不遜ないい方をすれば、いままでの憲法学は、何だか法律学らしくないから、われわれが民法とか商法とか行政法とかで鍛えた力で、憲法の解釈に当た」ること(同書136頁)。
執筆方法は、「割り当てられて分担したところを各人がばらばらに書いたものではなく、みんなが集まったところで報告して、田中二郎君たちみんなからこうではないか、ああではないかといわれてやったので、文字通りの共同研究」だった(同書138頁)。
ちなみに、鈴木竹雄の割り当て箇所は、居住移転の自由や財産権の保障などである(同書137頁)。
鈴木竹雄は、「後になって見れば、あの時分私は憲法について理解が十分でなく、政治的色彩が濃い憲法を民法や商法のような考え方で論理的に考えたのは間違っていたのではないか、ということを思わないわけではありませんが、当時は心底一生懸命になってやった」(同書137頁)と述懐している。
こういうことを知って改めて『註解』を読むと、また新しい発見があるかもしれない。
貴重な話を書き遺してくださった鈴木先生に感謝したい。
註解日本国憲法〈上巻〉 (1953年)
註解日本国憲法〈下巻〉 (1954年)
2016年6月2日に加筆修正。
2025年6月9日に加筆修正。
戦後初期の概説書として有名な『註解日本国憲法』(有斐閣、上巻1948年、中巻1949年、下巻1950年、改訂版上巻1953年、改訂版下巻1954年)。
「戦後初期の日本国憲法の解釈論に大きな影響を与えた本」(高橋和之・立憲主義と日本国憲法376頁)であり、
現在においてもなお、論文等で言及される古典的名著である。
この本は、17人の共同研究者によって書かれたものである(下記のとおり、錚々たる顔ぶれである)。
その中には、憲法研究者は少数いるものの、
ほとんどはそれ以外の法分野を専門とする研究者なのである。
執筆者は全員、東京大学所属(五十音順)、太字は(当時またはのちの)東大教授
石井照久 教授(商法の大家)
石川吉右衛門 特別研究生(労働法の大家、のちの東大教授)
伊藤正己 特別研究生(英米法の大家、のちの東大教授、最高裁判事)
鵜飼信成 教授(憲法・行政法)
雄川一郎 特別研究生(行政法、のちの東大教授)
加藤一郎 特別研究生(民法、のちの東大総長)
兼子一 教授(民訴の大家)
木村剛輔 助手(のちの衆議院議員)
鈴木竹雄 教授(商法、鈴木商店の一族)
高田卓爾 助手(刑訴、のちの阪大教授)
高柳信一 特別研究生(憲法・行政法、のちの東大教授)
田中二郎 教授(行政法の大家、最高裁判事)
団藤重光 教授(刑法の大家、最高裁判事)
平野龍一 助手(刑法・刑訴、のちの東大総長)
三ヶ月章 特別研究生(民訴、のちの東大教授)
矢澤惇 特別研究生(商法・経済法、のちの東大教授)
綿貫芳源 助手(憲法・行政法、のちの東京教育大教授)
普通、憲法の教科書は、憲法学者によって書かれるので、
本書は、その異質さが際立っている。
なぜ、民事系や刑事系の研究者が、憲法の教科書を共同で書いているのだろうか。
最近、そのことについて触れている本を見つけた。
鈴木竹雄『幾山河 商法学者の思い出』(有斐閣、1993年)である。
幾山河―商法学者の思い出
この本によれば、
執筆の背景には、法学協会の財政的危機があり、
それを脱するべく鈴木竹雄が田中二郎に相談したところ、
田中が『註解日本国憲法』の執筆を提案したのだそうだ。
執筆にあたっての方針は、「不遜ないい方をすれば、いままでの憲法学は、何だか法律学らしくないから、われわれが民法とか商法とか行政法とかで鍛えた力で、憲法の解釈に当た」ること(同書136頁)。
執筆方法は、「割り当てられて分担したところを各人がばらばらに書いたものではなく、みんなが集まったところで報告して、田中二郎君たちみんなからこうではないか、ああではないかといわれてやったので、文字通りの共同研究」だった(同書138頁)。
ちなみに、鈴木竹雄の割り当て箇所は、居住移転の自由や財産権の保障などである(同書137頁)。
鈴木竹雄は、「後になって見れば、あの時分私は憲法について理解が十分でなく、政治的色彩が濃い憲法を民法や商法のような考え方で論理的に考えたのは間違っていたのではないか、ということを思わないわけではありませんが、当時は心底一生懸命になってやった」(同書137頁)と述懐している。
こういうことを知って改めて『註解』を読むと、また新しい発見があるかもしれない。
貴重な話を書き遺してくださった鈴木先生に感謝したい。
註解日本国憲法〈上巻〉 (1953年)
註解日本国憲法〈下巻〉 (1954年)








